第2節 愛知学泉大学

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経営学部の増設
昭和54年以降の第二次ベビーブームによる高校卒業生の増加、そして大学、短大志願者数の急増傾向は、55年頃から徐々に、その傾向を強めていった。量的な拡大の時代の始まりである。また同時に、国際化や情報化の進展、女性の社会的活躍場面の増大向上など、教育を巡る環境、価値観は、この頃から質的な転換期を迎えるようになった。
こうしたなかで、基盤確立期を経て、57年4月に旧安城学園大学から名称変更され、新たな歩みを開始することになった愛知学泉大学は、いよいよ発展期に入っていくことになった。
59年5月、理事会は、ひとつの大きな意思決定を行った。すなわち、「高度化、国際化、情報化する産業と地域社会に貢献する」という課題を持つ新たな学部を創設しようというものである。それは経営学部であった。豊田市中心部の西方3.5キロの所に、土地を取得することが出来、61年3月には造成が完了した。
61年12月に設置認可申請が認可され、62年4月1日、愛知学泉大学に経営学部経営学科が開設された。大学創設以来の家政学部に加え、2学部の体制となったのである。4月7日には、豊田市民文化会館にて、入学者256名を迎えて、入学式が挙行された。
新たな経営学部経営学科の履修科目は、人文、社会、自然、総合、および外国語、保健体育からなる一般教育科目と専門科目からなるものである。外国語科目には、英語の他に、中国語、インドネシア語が加えられ、また専門科目においては、学生達が経営学のなかでもそれぞれ重点を置いて学習できるよう履修モデルとして、経営学モデル、国際経営モデル、経営情報モデルを置くこととした。
経営学部の発足と建物の竣工を祝って、5月22日に経営学部竣工開設記念祝賀会が開催された。
この頃から入試広報室を設置し、活動を開始した。その目的は、①経営学部の存在を愛知、岐阜、三重の公私立高校に宣伝すること、②入試方法の整備、③18歳人口の減少期に向けての対策(冬の時代対策)であった。
経営研究の活性化を目的として、経営研究所も設立された。これは所員の研究発表、機関誌『経営研究』の発刊、外部講師による講演会の開催などを行うものである。
管理棟の南に、体育館も完成した。

家政学部の共学化と生活学への歩み
大学創設以来の家政学部では、47年の創立60周年を記念して設立された生活文化研究所の活動などにより、家政学のあり方の再構築が目指され、「生活上の要求を人と環境との関わりのなかで把握する、そのための主体的、客体的な条件を整えるための理論、方法を追及する生活学へ」という観点での家政学の改革が模索されるようになり、その成果が次々と現われるようになった。
59年からは、情報化社会時代を先取りすべく、コンピュータ言語の習得を目的に、コンピュータ教育をいち早く導入した。
さらに大きな動きが出てきた。家政学の教育、研究に男女の区別は不要であるという考えに達した大学では、学園創立75周年に当たる62年に、経営学部の開設と機を合わせて、女子大学の家政学部としては初めて、男女共学に踏み切ったのである。経営学部の増設により、大学が2学部となったことに伴う大学の機構改革も行われた。
男子学生の受け入れ初年度の62年には10名が入学したが、志願者数は増加の一途を辿り、平成4年には、男子は、全志願者の44%を占めるまでになった。学園の女子教育の伝統からすれば、時代の変化を感じる出来事であった。
男女共学が始まった頃に、カリキュラムの大改訂が行われた。そこでは、ゼネラリストの資質を備えたスペシャリストを育てること、物事をトータルにとらえ得る眼を養うことが目指された。
平成3年には、家政学部の志願者増とともに、その多くが食品・栄養関係の専門領域に進みたいと希望していることから、食品科学コースを増設した。家政学部の特性を生かし、食物学や調理科学に関する知識.技能を備え、消費者の観点を持ち、食関連製品の開発と普及に関わる人材を育てるという時代のニーズに対応した措置であった。
卒業研究の指導方法に検討を加える機運も、平成元年頃から生じていた。そして学生数の増大に対応するという意味からも、従来の方式に加え、グループでひとつのテーマを多面的に考究するセミナーが導入されることになった。
生活文化研究所では、学園創立60周年を記念して研究所が設立されて以来、生活環境班、もめん班、地域研究班、アメリカ班、カナダ班、コーヒー産業研究班、高齢者の食習慣と健康に関する研究班の7班が継続して活躍してきている。東南アジア班の「ブミプトラ政策の総合研究」は、学術振興奨励金を得ての大型研究であった。

国際化の進展のなかで
経営学部の新設、男女共学化とともに、大きな話題と言えるのは、経営学部発足以来の課題であった、外国の大学との姉妹校提携が具体化したことである。
62年9月には、中国・北京第二外国語学院との間に、学術文化交流に関する協定書が調印された。中国側は調印翌年より、中国語教員と留学生各1名を派遣してきた。
平成元年1月には、アメリカ・ニューハンプシャー州のニューイングランド大学との間に、教育交流計画に関する協定書が調印された。以降、留学生が相互に派遣されて現在に至っている。こうして、国際化の課題は大きく前進したのである。
経営研究所の活動としても、平成3年10月には、中国政府機関との間に、日中企業比較研究に関する協定書が締結された。日中両国の企業経営の比較研究を行うというものである。

就職状況
平成元年4月に経営学部の第1期生が3年生となり、就職活動を考慮しなくてはならない時期となることから、63年10月、就職委員会は各企業の応援を得て、就職ガイダンスを実施した。また、外部講師に依頼して、各種資格取得のための講座を開設した他、各企業を訪問した。平成2年3月には、研修セミナーを実施した。
好景気ということもあり、平成3年の卒業生二百数十名は、それぞれ目的を達することが出来た。男女雇用機会均等法の施行で、女子学生の就職環境も好転した。
家政学部ではまた、家庭科教員の養成に力を注いできた結果、教員として、毎年確実に数人を送り出している。更に、家庭科男女共修に向け、男子家庭科教員を育てるため、男子に対する奨学生制度も設けられた。

施設の拡充
大学の施設面では、岡崎学舎では、57年11月、3階建ての管理棟が増設され、ここに大学と短期大学の本部が置かれることになった。59年9月には、体育館が完成した。体育館に隣接して、冷暖房完備の学生食堂が設置された。62年度のカリキュラム改訂、学生数の増加に伴い、2階建てのセミナー棟も新設された。短期大学と共用している岡崎学舎は、老朽化が目立ち、男子学生数の増加もあり、建物の建て替えが計画されているところである。
サークル活動では、バスケットボール部は平成3年に、学生選手権大会で、遂にV10を達成した。

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