第2節 本学独自の家政学確立へ

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学生運動の嵐がようやく治まった昭和40年代後半、大学教育の意義とその在り方が真剣に問いなおされるなかで、本学でも、安城学園の建学の精神を再確認しつつ、本学独自の教育の場を作り上げようとする機運が著しく盛り上った。
学生指導の両輪として教務部と学生部がある。昭和46年4月、志田教授退職の後を継いで、江川元偉教授が教務部長に就任して以来、教務部では学修生活に関するルール作りに力が注がれ、学則を施行するための実施細目が次々に決められていった。これは大学の規模が大きくなって、学則のみで学修指導をすることが困難になってきたことにもよるが、この頃からその傾向が認められるようになった大学の大衆化現象に対する対応策の一つでもあった。すなわち、学生の主体的学習の尊重もさることながら、強制度の高い講義、実験を行なわねば、学生めいめいが1個の学問探究者であることが難かしいという事情が生じたからである。
一方、カリキュラムの変更を伴う教育内容の検討がカリキュラム委員会と各グループの共同作業によって推進されていった。この中で、特にとりあげねばならないものは、大学を中心に始められた、家政学を生活の科学として再構築しようとする試みであり、もう一つは、国際化の時代を先取りした新しい教育課程設定への目論みである。
「安城学園・家政学」と呼ばれるべき新しい家政学の成立を目指す学内組織として、昭和47年に生活文化研究所が、昭和51年に家政学コロキウムが誕生した。
安城学園大学生活文化研究所は学園創立60周年を記念し「家政学をもって人間生活に関する総合科学たらしめ」、さらに「大学と地域社会との相互反応に新たな寄与をもたらす」ことを目的として設立された。
昭和47年11月22日に発足した研究所の活動は、その年度内の準備期間を経て翌48年度から開始された。
初代の研究所長は春日井真也教授(哲学)であったが、同教授の退職にともない、昭和49年3月から石川賢作教授(経済学)が、また昭和57年4月からは鳥潟博高教授(食品加工)が所長となった。
家政学は、生活のトータルな把握を目的とするので、その対象と方法は自然・社会・人文科学の全分野にわたる。従って、研究活動には学際的な共同研究が必要で、複数の教員によって9研究班が結成され、研究活動が行なわれている。その研究成果は研究所報告としてまとめられ、現在13篇の報告書が刊行されている。また、毎年の学生会主催の大学祭には協賛事業として、各研究班による展示などが行なわれてきた。

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設立趣意書

戦後における日本の教育界が受けた最大の試練の一つは、断絶と不信とを両軸として展開した学生運動の過激化であった。その嵐にも似た状況が平静をとりもどした現在、社会の進歩発展、人類の平和の増進のためには、以前にもまして、教育こそが真に責を荷なうべきものであると、その重要性が強く確認されるにいたった。ことにわが国の技術革新、経済の高度成長の現実のなかで、女子教育は、人間性の確立、家庭生活ならびにこれに類する集団教育の再評価、婦人の社会的・経済的地位の向上などに関連して、根源的な意味から大きく注目されている。
昭和47年、学制施行100年にあたり、本学は、創立以来60年にわたってわが国の女子教育史上にきざんだ光輝ある先駆的実績の再検討をおこなったとき、学園建学にあたって主唱された真心・努力・奉仕・感謝の精神は、人間存在の根源的な反省からくる実践項目であるとの確認を得た。ここに本学は、家政学をもって人間生活に関する総合科学たらしめるように積極的に拡充するとともに、大学と地域社会との相互反応に新たな寄与をもたらす目的のもとに、安城学園大学生活文化研究所の設立を企図した。
本研究所は、学園創設者寺部だいの基本的な教育理念である「人間の能力ははかり知れない」「女性の潜在能力は無限である」「それは可能性の限界にまで開発することが出来る」を実現し、高度消費社会における家政学の領域を人間生活に関する総合科学として確立することを期している。このため均衡のとれた一般・専門教育をおこなうための基礎として、共同研究の場を通じて、人間存在が自然的・社会的・歴史的な全体環境のなかで形成する相互反応の原理と方法とを、多角的にかつ深く考察しようとするのである。
もとよりこれは、究極的には地球市民としての自覚の確立に至るものではあるが、それに先立って新時代の展開に適応する地域文化の向上に還元するための諸事業を計画している。
学内ならびにひろく一般社会の理解ある援助と協力を期待したい。

昭和47年11月22日
安城学園大学
安城学園女子短期大学
学長 寺部清毅

生活文化研究所大学祭協賛行事一覧

生活文化研究所1周年記念(昭和48年)
 講演「生活文化を考える」 研究所長 春日井真也
 展示と凧上げ「絵画製作におけるイメージ触発の試みとその具体化」 造形研究班
第2回展示(昭和49年)
 「文学作品にあらわれた女性像」 比較女性史研究班
 「目で見る木綿史」 木綿研究班
第3回展示(昭和50年)
 「植物と私たちの生活」 生活環境班
第4回展示
 「インドネシア――その風土と伝統」 東南アジア研究班
第5回展示(昭和52年)
 「岡崎公園の樹木を指標とする環境測定」 生活環境班
講演とスライドの集い(昭和53年)
 「東南アジアの生活と女性」 東南アジア研究班
第6回展示(昭和54年)
 「インドネシアの生活」 東南アジア研究班
第7回展示(昭和55年)
 「三谷の祭囃子――郷土音楽を求めて――」 郷土音楽研究班
第8回展示と実演(昭和56年)
 「北設楽の花祭――“祭”の生活史的および生活文化史的研究」 祭研究班

昭和51年5月21日に、家政学コロキウム準備委員会(学長・教務部長及び大学各コース・短大各科主任計8名からなる大学・短大委員会で構成)は、家政学コロキウム発足にあたって「家政学を考える」と題した次のような文書を発行した。「安城学園大学は創立以来10年を経過しました。私たちは、今、草創期から充実期に足を踏み入れようとしています。いうまでもなく本学建学の柱は家政学です。しかしながら、家政学をとりまく現状は、きわめて厳しいものがあります。
小中高校での家庭科教育を縮小する動きがあること、大学進学希望者の中の家政系志望者の割合が漸減傾向を示していること、さらに、大学での4年間の教育に対して、家政学不要論があること、などです。
これらに対して、家政学界内部の対応は、従来の家政学が、“家庭”内や“家族”に関する諸現象を対象とし、それらの管理を目的として来たことへの反省として現われており、“家庭”や“家族”よりももっと広いカテゴリーを持つ“生活”学的な方向が模索され始めています。一昨年秋、本格的活動を開始した日本生活学会は、その具体的な現われといえましょう。また、中高校での家庭科男女共修をすすめる運動も展開されております。
一方、アメリカの家政学界でも、環境との調和を考えることなしに、人間のみの発展を目論み、合理性、能率を重視し、経済学的な管理のみを“家庭”“家族”に適用してきたことへの反省が行なわれています。それを反映して、古い伝統を持つカリフォルニア(デービス)、コーネル、ペンシルベニアの3大学の家政学では、「Dept. of Family and Consumers Science」「Dept. of Human Ecology」「Dept. of Human Development」と改称がなされました。
これは、Lake Placid会議(1899~1908)でまとめられた“人間をとりまく環境、人間そのものの特性”を研究対象としようとするアメリカ家政学発足当時の原点に立ち戻ろうとする流れの一端が現われたもので、人間性の向上を、経済、生産志向型でなく、個人、家族をとりまく環境との関係において志向しようとする変化がみられる、といわれています。
本学では、本年度、“家政学コロキウム”が創設されました。科学・技術・芸術などの要素を持つ“生活”を対象とする総合学としての家政学を再考し、より創造的な形で捉えなおし、さらには、本学独自の家政学を考究するための場です。この“家政学コロキウム”を、専門のワクを越えて研究と教育を結び、アイディアとエネルギーを結集する場とし、また、私たち相互の切磋琢磨の場とするため、活発な論議が起ることを期待いたします。
これを受けて、同年6月に第1回の家政学コロキウムが催されたが、それを皮切りとして、その後数回にわたって研究会がもたれ、次のようなテーマについて基調報告と質疑応答が行なわれた。

○家政学の方法論について
○家政学部欧米文化コースの設置までの経緯とコースの目的、家政学とのかかわり
○新学部構想について
○生活や文化をどう捉えるか
○高校の家庭科と家政学との関係
○家政学的とは何か、家政学的研究とは何か
○家政学部家政学科の卒業研究として望ましいものは
○名古屋大学農学部林産学科新設の目的とその後の問題について
○歴史学の方法について

これらのテーマについての研究の成果は、本学独自の家政学構築へ向けての動きに大きく貢献している。具体的には、大学要覧に掲げられた“家政学(本学の)は、私たちと私たちをとりまく生活環境とのかかわりを追究する総合科学である”ということばに端的に表われており、家政学部における卒業研究のテーマの選定や研究指導の方針にも強く反映されている。そして、この考え方が現在の家政学部の改組、新学部の誕生の基礎となるであろうと期待されている。

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4年次に行なわれる卒業研究は、それまでに受けてきた家政学科目の集大成でもある。指導教授による個別指導と、10月と2月に開催される中間・本発表会は家政学のテクノロジーを得るためというよりも、知を中心とした判断力、洞察力を養う場となっている。昭和57年度は第14回生が研究に従事しているが、大学図書館に所蔵されている、307編の卒業論文は愛知学泉大学家政学の歩みを象徴している。
安城学園の歴史のなかで、特に女子専門学校当時より一貫して教員養成が教育の重要な柱となっている。最近、公立学校への教員採用情況はかなり厳しいものがあるので、昭和52年度から、2年次より、教職課程科目のほかに、教育者としての自覚の向上、家庭科実技能力の向上、採用試験合格をめざしての教職特別講座が設けられた。

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昭和50年代に入って、多くの大学で一般教育や専門科目の中に「総合科目」を取入れる努力が具体化され始めた。本学では、それ以前に「総合科目」への取り組みが始められた。
昭和47年度後期、家政学部3年生に対して開講された「家政学特別講義」の序論には次のように書かれている。
“従来”家政学については様々な批判がある。そのなかでもっとも重要なものの一つは、家政学が体系のない、諸科学の寄せ集めだということである。それは言いかえれば家政学の名のもとに、自然科学、社会科学、人文科学など、研究の方法や対象を異にする科学が同居していることから生まれる問題である。
こうした批判のあるなかで、われわれが家政学を独自の学問としてうちたてていくためには、どうすればよいであろうか。まず第一にぶつかる問題は、広範囲にわたる諸科学とその成果を総合的に把握するにはどうすればよいかということである。
この問題を解決していく、はじめての試みとして、われわれは、今日の生活の各方面の問題の諸原因となっている過密都市化の問題をとりあげ、これを軸として、生活環境の変化を明らかにし、それがさらに生活様式をどう変えてきたか、また生活する主体がそれらの変化にどう対応してきたかを考察していくこととする。

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そして、「生活環境論」と名付けられたこの特別講義は次のようなプログラムで展開された。(カッコ内は担当者)

序論(石川賢作)
高度経済成長と過密都市(石川賢作)
住生活様式の変化(江川元偉)
食生活様式の変化(榊原住枝)
衣生活様式の変化(寺田純子)
過密都市と公害(門奈仁之)
高度成長期の思想文化状況(木村英雄)
婦人の問題(堀江和代)
生活様式と生活水準(石川賢作)
過密都市の教育環境(粂幸男)
家族と家庭の変化(塚本玲子)
まとめ(石川賢作)

また、これより1年早く、一般教育科目においては「一般教育総論」が“物事を総合的にとらえるためのトレーニングの場として(「一般教育総論要旨集」のはじめのことばより)”設けられた。内容は次の表のようなものであった。

(上記図版「一般教育総論のテーマ」参照)

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このように、一般教育科目、家政学部専門科目の総合化がなされるや、短大各科において、あるいは学部各コースにおいて続々と総合科目化がおこなわれ大きな教育効果の実をあげるに至っている。
主な総合科目をあげると次のようである。

被服科学総合講座(学部被服コース)
欧米各国事情(学部欧米文化コース)
服飾特別講座(短大服飾科)
家政科特別講義(短大家政科)
幼教特別講座(短大幼児教育科)
家庭生活論(短大各科共通)

さらに、最も新しい(昭和56年度から開始)総合科目として特筆しなければならないのが、家政学部1年次におかれている「家政学特別セミナー」である。これは、“生活学の基礎の構築とドキュメントの方法の習熟”を目的としたもので、本学家政学への入門であり、現在進行しつつある生活様式や生活環境とのかかわりの変化を過去の生活手段との比較の中で考察して行くものである。
これら数多くの総合科目は、本学の家政学によって支えられていると同時に、本学の教育の重要な柱となっているといえよう。
大学創設以来、家政学部には「衣生活に豊かさと合理性を盛り込める人」、「安全な食生活環境の立案者」の養成をそれぞれ目的とした被服、食物の2コースが置かれてきた。昭和52年4月、新たに欧米文化コースが設けられることになったが、前二者同様、このコースも生活に関する諸事象の構造や原理について考察を加えていくという目的を持っている。今日、我々は国際的なつながりを無視して生活を営むことはできず、また社会も国際的視野を持って活動できる人材を求めている。こうした、時代的要請に応えるべく、「比較生活文化に造詣の深い国際教養人」の育成を目指して、このコースは始まった。欧米の文化を歴史的に学ぶことによって現代に対する深い理解を得、生活文化に関する諸問題を、国際的関連や比較の中で学ぶことによって、欧米の文化と今日のわれわれの生活とのつながりを認識する。これが、欧米文化コースのカリキュラムを構成する時、採用された考え方である。一方、外国を知る上で必要な能力は語学力である。従って、このコースでは特に、実用英語の力の向上にも教育の重点がおかれている。昭和53年度に英国人講師(非常勤)、ブリーチ氏を迎えたが、昭和54年度より、英語教育学専攻で、アメリカ、ノースカロライナ大学出身のハリー・メレディス・ジュニア氏が、常勤講師として、英会話、作文、アメリカ文明論を担当することになった。2年間にわたる英人・米人講師らによる集中方式のカリキュラムで「スポークン・イングリッシュ」の実力を養った本コース第1回生は、3年次の春休みに、短期留学のため英国へ渡航した。昭和55年2月25日から3月30日までの約4週間、英国・ケンブリッヂにあるアカデミア・スクールで英語の研修を受けた。研修期間を通してのホーム・スティで得た生活経験が彼女らの卒業研究テーマに発展したことは、語学力の向上だけではない大きな成果を得たといってよい。

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